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104.玉山金山跡

玉山金山跡

史実と伝説に彩られた気仙地方の代表的金山

規模も大きく、産金量も多く繁栄を極めた史実と伝説に彩られた気仙地方の代表的金山です。玉山金山は、天平年間(729~749)僧行基によって発見されたと伝えられています。「行基菩薩腰掛岩」は行基がこの地に立ち寄って休息をした時に腰を掛けた岩といわれており、その他にも千人抗の「オソトキ伝説」など、さまざまな伝説が残されています。東大寺大仏の鋳造に黄金が献上されたのをはじめ、奥州平泉の藤原氏の金色堂、豊臣家、伊達家の栄華の礎として、豊富な金が長年に渡り採掘されてきたと言われます。また、玉山金山を含む気仙地方の主要な金山は、マルコポーロの東方見聞録における「黄金の国」の記事や、日露戦争でも日本が埋蔵する金を抵当に欧米から借り入れをするなど、歴史の表裏に何度も登場する重要な遺構のひとつでもあります。いくつも金を掘った抗の跡や、そこで働いていた人たちの住んでいた跡や神社を見学できます。金鉱床は、氷上花崗岩帯(チタン鉄鉱系)の南西部に胎胚し、白雲母ペグマタイト中に金が濃集しています(日本最古のペグマタイト質金鉱床) 。玉山の語源でもある「水晶」は、良質で屈折率(透明感)が高く、両晶という特異な形でも特徴付けられています。正倉院に納められている水晶製の数珠も、玉山金山の水晶であるという説もあります。

玉山金山跡

和右エ門抗は玉山金山で最も多く金を産出した坑道とされる

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